G1でもお構いなし、20馬身差で大逃げする史上最強の逃亡者サイレンススズカまとめ

 

 

彼の勇姿を競馬場で目の当たりにした人、正直羨ましいです

 

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サイレンススズカ 牡 栗
生年月日1994年5月1日
獲得賞金4億5,598万円
戦績9-1-0-6/16(16戦9勝)
サンデーサイレンス
ワキア
調教師橋田満
馬主永井啓弍
生産牧場稲原牧場

 

伝説の逃げ馬は?
サイレンススズカ です。

 

この答え以外にあるのでしょうか?

20年以上経った今でも語り継がれ「常識を覆す大逃げ戦法で、伝説にして最強の逃亡者(逃げ馬 )サイレンススズカ」武豊騎手は「別格」とまで表現しています。

 

「サイレンススズカ」のレース映像を挟みながら、歴史と特徴についてまとめました。スタートからゴールまで一番前を走る姿、後続を10馬身以上離して逃げる姿は圧巻です。

 

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沈黙の日曜日ー1998年、天皇賞・秋

時は1998年天皇賞・秋(東京芝2000m/良馬場)1枠1番から最高のスタートを切った逃亡者サイレンススズカは快調に飛ばし、1000m通過タイムは57.4秒の超ハイペースです。サイレンススズカのミドルペースはG1級の競走馬からしても超ハイペースなのです。3コーナー手前の隊列写真がこちら、これがG1レースとは思えません、、、

先頭サイレンススズカから2番手までが10馬身、中断に構える馬群までは15〜20馬身差です。シンガリまではなんと30馬身以上の差を付けての大逃げでした。

 

しかし、3コーナー通過中に異変が起きます。サイレンススズカの異変に気づいた武豊騎手は、コース外側へとすぐ馬を歩かせ、そのままレース中断となってしまったのです。

 

この時実況をしていた塩原恒夫しおばら つねお)アナウンサーは、東京競馬場全体の雰囲気を「沈黙の日曜日」と表現し、このフレーズを聞けば1998年天皇賞秋が思い浮かぶようになった、競馬界でも悲劇のレースとなってしまったのです。レースを中断した原因は骨折で、回復の見込みがないと診断されたためそのあと安楽死となりました。「あのまま走り続ける事ができていれば」誰しもが望んだ大逃げでの勝利は叶わぬままだ。

 

天皇賞・秋レース動画(1998年)

 

「なぜ故障してしまったのか?」には様々な説があり。

  • あまりにスピードが早すぎた。
  • 馬体重が足りなかった。
  • レースを使いすぎた。
  • 血統的に故障しやすかった。

     

    などなどたくさんの説がありますが「どれが直接的な原因になったのか?」については、誰にも分からいというのが実態です。レース後インタービューでサイレンススズカに騎乗していた武豊騎手は「理由はない」と一言答えました。

     

     

    武豊騎手は天皇賞・秋の夜、はじめて泥酔したそうです。

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    サイレンススズカの歴史と特徴

    サイレンススズカの若い頃は気性がとても荒く抑えがまったく効かなかったようです。そのため、デビューは4歳になってからでした。

    デビュー戦

    1997年2月1日に行われた4歳新馬戦がデビュー戦です。(京都芝1600m/良馬場)

    デビューから1番人気に押されオッズは1.3倍、2着「パルスピード」とは7馬身差の大差を付けての逃げ切り勝ちとなりました。

     

     

    勝ちタイムは「1:35.2秒」逃げたにもかかわらず上がり最速もサイレンススズカの35.5秒です。

     

    このレースでは伝説の名馬になり得るサイレンススズカと他の逃げ馬との決定的に違いが浮き彫りになります。それは「ただただ早く早く走りたい!」という彼の本能が尋常ではなかったという「サラブレット王者たる素質」です。逃げ戦法の元に逃げているのではなく、サイレンススズカ自身がただただ早く走りたいがために逃げてしまうのです。

    金鯱賞は​大逃げでの圧勝

    5歳になる頃ようやく息を入れることを覚えます。息を入れることを覚えたサイレンススズカは主騎手を武豊騎手として本格的な逃げ馬として覚醒していきます。

     

    金鯱賞G2(1998年)(中共芝2000m/良馬場)

     

    「大逃げ一人旅」と題された1998年5月30日の金鯱賞G2(中京2000m)では大逃げレースを展開。大逃げ戦法にも関わらず、最後の直線ではペースダウンせず、差を広げながらの逃げ切り勝ちとなりました。(着差-1.8秒)もはや、展開も脚質もペースも馬場状態も関係なかったことでしょう。勝つべくして逃げ切ったという印象を競馬ファンに植えつけたレースとなりました。

    勝ちタイム「1:57.8秒」上がり「36.3秒」

    唯一の勝靴となった宝塚記念

    金鯱賞を勝ち切った「サイレンススズカ」はG1制覇に向け宝塚記念(G1)に挑みます。(阪神芝2200m/良馬場)

    「サイレンススズカ」の主騎手であった武豊騎手は「エアグルーヴ」の先行予約が入っていたため、宝塚では代打として南井克巳騎手が騎乗します。

     

    宝塚記念G1(1998年)

     

    宝塚(G1)でも1番人気に押され8枠13番から見事に1コーナー1番手を奪取します。ここでも大逃げ戦法で挑んだサイレンススズカですが、最後の直線ではステイゴールドに3/4馬身、武豊騎手が騎乗するエアグルーヴに1馬身差まで詰められての逃げ切り勝ちとなりました。ある意味、競馬ファンが一番熱くなったレースかもしれません。

     

    そして運命のいたずらが同時に起きることになります。

     

    4ヶ月あとに行なわれる天皇賞・秋にてサラブレット人生を終えるため、サイレンススズカが手にした唯一のG1勝利が宝塚記念となります。

    勝ちタイム「2:11.9秒」上がり「36.3秒」

    サイレンススズカはディープインパクトに勝てるのか?

    20年以上経った今までも、競馬論争の主役としてサイレンススズカは活躍しています。

    なかでも多いのが

     

    • 「サイレンススズカ  VS ディープインパクト」どちらが強いのか?

     

    という論争で、

    両名馬に騎乗している武豊騎手は「ディープインパクトが相手なら、どの馬に乗りますか?」という質問について

     

    「一緒に走っていたらどうなってたでしょうねぇ〜(笑)」

     

    とコメントを残しています。

    ※動画4分03秒〜

     

    「もし両者が一緒に走っていたなら、道中いったいどのくらい離れてしまうのか?どちらの馬も一番嫌なタイプで、どちらが勝つのかは分からない」というのが武豊騎手のコメントです。

     

    想像するだけでワクワクし、夢の対決になることは間違いありません。

     

     武豊騎手ディープインパクトに騎乗 VS サイレンススズカ

     武豊騎手サイレンススズカに騎乗 VS ディープインパクト

    サイレンススズカの競争成績

    「16戦9勝」逃げたレースは11レース。

    サイレンススズカ
    日付レース名通過順着順
    1997/2/14歳新馬1-11着
    1997/3/2弥生賞(G2)11-11-8-38着
    1997/4/54歳500万下1-1-1-11着
    1997/5/10プリンシパルS(OP)2-2-3-31着
    1997/6/1東京優駿(G1)3-3-3-39着
    1997/9/14神戸新聞杯(G2)1-1-1-12着
    1997/10/26天皇賞・秋(G1)1-1-16着
    1997/11/16マイルCS(G1)2-215着
    1997/12/14香港国際C(G2)/5着
    1998/2/14バレンタインS(OP)1-1-11着
    1998/3/15中山記念(G2)1-1-1-11着
    1998/4/18小倉大賞典(G3)1-1-1-11着
    1998/5/30金鯱賞(G2)1-1-1-11着
    1998/7/12宝塚記念(G1)1-1-1-11着
    1998/10/11毎日王冠(G2)1-1-11着
    1998/11/1天皇賞・秋(G1)1-1-中止中止

    サイレンススズカまとめ!

    史上最強の逃亡者と謳われたサイレンススズカをまとめると、

    まとめ
    • 若い頃は気性が荒く、デビュー戦は4歳
    • 5歳になり息を入れることを覚えた
    • 誰よりも早く走りたいという素質から逃げ馬になった
    • 唯一のG1勝靴は宝塚記念
    • 1998年の天皇賞・秋で骨折、そのあと安楽死となった
    • 武豊騎手が「別格」と表現する大逃げ馬(逃亡者とも言われる)
    • 20年以上経った今も競馬論争の主役たる名馬

    という感じになります。

    1998年って?

    日本では冬季長野オリンピックが開催され、スキージャンプ(団体戦)で原田選手が「船木〜」と祈り金メダルを取りました!

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